小笠原釣行記3(父島列島父島)

釣行日時 1998年5月1日〜1998年5月6日
メインターゲット ジギングによる青物


5月4日・5日・・・ライトタックルゲーム&エピローグ
 さて、前日の興奮が冷め遣らぬ翌日は気楽に小型ミノーやソフトルアーで前日のビッグゲーム から180度違ったライトなそれもお得意のウルトラライトなゲームに興じた。しかし、中に は一発大物の期待も捨てずトレバリー狙いのタックルも準備した。この日最初に攻めたのは二 見湾出口付近にある洲崎の磯。雰囲気は十分でいつ来るかとの期待でスタートしたものの潮の 流れが殆ど無く私が50cm位のバラハタを1尾ゲットしたのみで終わった。

 次に向かったのが小港海岸というとても奇麗な海岸に流れ出している八瀬(やつせ)川の河口 部。ここはシチュエーションは文句無しというとても奇麗なところだがこの日は蚊の猛襲を受 け満足な釣りにならなかった。ここではメッキ1尾と小さいティラピアのみ。なかなか爆釣と いう訳にはいかない。それではと到着日に良い思いをさせてもらった扇浦およびとびうお桟橋 でメッキや小型のハタ類を狙った。

ダツ

 そしてここで前日は何発かヒットさせながら中型のヤガラ1尾という結果に終わった堀内 くんが大当たり。メッキやらハタを釣りまくる。はじめに立ち寄った排水口(どぶ川といった 方がしっくりくる)でメッキ(ロウニン)を皮切りにヒメフエダイ、カンモンハタ、マダラハ タと次々にゲット。

メッキ2

ヒメフエ

 一通り攻めた後夕マズメを狙ってもう一度洲崎の磯に向かう。今度は午前中に攻めた場所と は反対側の磯に入り釣り開始。沖合でなにやらざわついている。期待を込めてポッパーを投げ るもその正体はどうやらボラの大群。こいつらはホント世界中どこに行ってもいるものである 。もっとも東京湾に居るものとは別物と考えた方がいいが。とにかく雰囲気は文句無しなので 粘れること粘れること。釣れなくともとても気分が良いのは私だけでしょうか。

 ここで私はTD-S1204を折ってしまう羽目に。どこぞにぶつけて傷でも入っていたか、とにか くミノーをしゃくったとたん#2が見事に折れていた。仕方なく車に戻り取り敢えず先ほどの ライトタックルを持ち出し手前のゴロタをミノーイングで攻め、いきなりカンモンハタをゲッ ト。車に戻っていた榎本さんと堀内くんも早速やってきて釣りに加わった。やはり基本的に自 分らはライトゲームが好きなのだろうか?とにかくそこで何尾かの魚をゲットしふと前を見る と何やらでかい魚が。ボラかと思ったが不意に背鰭を海面に出して泳ぐ姿は紛れも無いサメで あった。水深膝くらいのところである。どこからか迷い込んだのだろうか、背鰭の特徴からホ ワイトチップと思われるがとにかく焦ったことは確かだ。

カンモン

 結局この日はこの場所を最後に納竿としたが、私はここでステラをまたしても破損した。な にかツキの無さをかんじた。

 日が変わって5/5。今日は午後には船が出るのでお土産を購入し近くにある大村川(ここもど ぶ川)でメッキと大き目のティラピアをゲット。ここは夏にならないと固体が育たず爆釣には ならないらしい。その後は二見港横のゴロタ場でカンモンハタを何尾かキャッチし雨が降って きたところで今回の小笠原遠征の納竿となった。

メッキ2

5月4日・5日の釣果
メッキ(ロウニン・ギンガメ) 多数
バラハタ
カンモンハタ 多数
マダラハタ 多数
ティラピア 多数
サラサハタ
オジサン
ダツの仲間

 思い起こせば今回の計画は昨年の12月あたまに何気なく話していたことから始ま り、参加者を募ったところ意外にも5人にもなった。もっとも聞くところによるといつもの様 にまたそういう話をしているな程度で当初は本気にしてなかった人も居たようです。それもそ のはずです。往復で50時間も掛るところで1週間休まなければ行けない場所ですから。しか も半年も先の話ともなれば当然ですが。しかし、実際は予定していた五人全員が参加でき全員 が釣果を得られたことは今までの遠征を考えれば大した物だったと思います。
 ライトゲームがメインのOFCに思いもしなかったビッグフィッシュとのゲームが加わった 事は今後大きなステップになることと思います。やはり大物との遣り取りは小物の同スケール とは違うものが有りますね。究極の目標であるGTゲームも具体的な計画が立っています。 それまでにヒラマサやシイラで少しでも大物との遣り取りに圧倒されないよう心がけていきた いです。
                                 1998/5/31